真田の事いろいろの最近のブログ記事

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今日久しぶりに大学時代の友人が我が家を訪ねてくれましたので
真田庵を案内してきました。
真田まつり前ですが、今日は本当に良い天気で、それに連休でもあるのでたくさんの観光客がいらっしゃってました。
写真は今が旬のぼたん、幸村の父、真田昌幸を祀りしてある場所、それにこの裏が資料館となってます。
久々に資料館の中へ入ってきました。
さて、いよいよ風薫る5月・・、真田まつりのイベントも3日からはじまります。
真田まつりのご案内ページ

sanadaan2.jpg真田庵屋敷内には資料館がある。
真田一族の九度山での生活は、この資料館で知ることができる。悠々自適の生活を装う一方で、家来に行商をさせ、諸国の情報の収集、武術の鍛錬に余念がなかったなどが説明されています。
また、九度山町ゆかりのある資料も展示されています。
入館料は200円、年末年始以外の8時~17時まで入れます。
普段は静かでゆったりとした所なので、九度山町商店街(真田のみち)からゆっくりとした趣のある町並みを眺めながら行かれるのが良いかも!

eirakutu.jpg真田幸村の旗印の六文銭は、北条方の武将松田氏の旗印であった「永楽通宝」が六個並んでいます。
九度山のおみやげの一つ「真田最中(もなか)」と言うのがあります、写真のように六文銭の永楽銭の型をした最中(もなか)です、注文を受けてから、あんこをつめるため皮のバリバリ感がのこり上品な味の最中(もなか)です。
あんこは、小倉、しろあん、抹茶の3種類があります。

その永楽通宝について少し・・・
永楽通宝(えいらくつうほう)は、中国、明朝第3代皇帝・永楽帝の時代に作られた銭で
室町時代に日本へ大量に輸入され、江戸時代初頭まで流通し、永楽銭とよばれていました。
材質は銅製、貨幣価値は1文として通用しましたが、日本では江戸時代に入ると永楽通宝1枚が国産の銭(ビタ銭)4文分と等価とされたということです。
良質の銅銭で有ったため江戸初期まで基本貨幣として使われていました。

sanada_hg.jpg九度山の「真田庵」の入り口の扉には六文銭が彫られています、地元に住んでいながら真田幸村の旗印がなぜ?六文銭なのか知りませんでした;;
1600年(慶長5年)、天下分け目の関ケ原の合戦で幸村は父と共に西軍に加わりましが、西軍は敗退。幸村は死罪に処せられるところでしたが、東軍にいた兄信幸の嘆願により、これを免れました。
「真田昌幸とその子幸村に、所領没収並びに高野山蟄居を命じる」
これに従って同年10月9日、幸村父子は真田家の菩提寺である高野山蓮華定院に身を寄せ昌幸65年、幸村33才の時のことでした。
こうして幸村父子の隠棲生活が始まりましたが、その年の冬に庵を九度山に移しました。その跡地に建つのが善名称院(ぜんみょうしょういん)、いわゆる真田庵です。
で、六文銭の由来を調べると以下の様なことらしいです。

10yusi.jpg今年も例年通り開催されます九度山のビックイベント「真田祭り(5/3~5/5)」、5/3・4日は九度山町入郷グラウンドでプレイベントでいろんな催しが、また5日には本番真田昌幸の法要及び町内をぐるっと回り真田庵への武者行列とが行なわれる予定です。
別サイトにて詳細がわかり次第出来る限りのお祭りの案内や詳細を掲載したページをたてるつもりでおります(ただしまったくの個人的な情報であり時間が許す限りではありますが)。
昨年の祭りの雰囲気はこちらのページに僅かばかりですがあります。
5月の連休、新緑の風薫頃私は九度山では一番良い季節だと思います。
なにせ好天に恵まれることを祈りながら楽しみにしてます、一度今年の5月の連休は九度山の自然と真田のロマンを楽しんでみてください。
まずは何かの参考にと、1400年から始まり1615年に終わる真田氏の歴史年表のページを紹介します。

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